AKIRA Kazuki
色材について 平田剛志 絵具とは、絵やものに色をつけるための色材である。では、絵画を見るとき、例えば、風景が描かれた絵画を見るとき、鑑賞者は何を見ているのだろうか。人は「絵具」を見ると同時に、風景の「色」も見ているだろう。 ルードウィヒ・ウィトゲンシュタインは色彩について、「『材質の色』と呼ぶことができるものと、『表面の色』と呼ぶことができる二つの色があるように思われる」[1]と書いたが、色彩はもの(物質)と結びついており、色の概念は一つではない。 明楽和記の今回の個展も一筋縄ではいかない。私たちが今展で見るのは、「表面の色」は明楽和記展だが、「材質の色」が異なっているのである。出品作品は、《6 colors》、《12 colors》、《24 colors》の3点である。素材で用いられた色材は「美術作品」である。美術展だから「美術作品」が展示されるのは当然と思われるかもしれない。だが、明楽が展示したのは、ターナーアクリルガッシュの6色、12色、24色セットの絵具の色彩・配列にもとづき選んだ、他のアーティストの「美術作品」なのである。 《6 colors》は、6つの美術作品が「色」として用いられた。赤はアンディ・ウォーホル《Mao-Portfolio (Sunday B. Morning)》、黄は越野潤《work 16-11》、緑は冨井大裕《stacked container (no base)》、青は福田真知《jewel_hikari》、黒は椎原保《風景の建築》、白は今井祝雄《記憶の陰影058——スクリーン》である。若手から巨匠まで、他者の美術作品が色に見立てられ展示されている。複製でも再現でもなく、明楽が作家本人から借用し、または自身のコレクションから展示した[2]。《12 colors》は、アート作品のレンタル会社に12色の色彩と一致する作品のセレクトを依頼し、借用・展示したものである。他律的に色にもとづき選ばれた作品のため、作家名とタイトルは割愛する。《24 colors》は、絵具セット24色の配列通りにキャンバスに色が塗られた絵画である。本作は、明楽の指示により本展キュレーターによって描かれた。 以上3作品に共通するのは、「明楽和記展」でありながら、作家本人が手を動かして制作した「作品」は一つもないことである。展示作品は、すべて発注ないしは依頼、指示、借用、購入することで「制作」された作品である。 それでは、本展はシミュレーショニズムのように、他者の作品を引用、流用、サンプリングした作品なのだろうか。あるいは、グループ展のキュレーションなのだろうか。そのような視点から本展の作品を見ることも可能ではあろう。だが、本展の作品は、明楽のこれまでの作品と同様に、色材という物質を用いた作品であることに変わりはないのである。 明楽は、色を置くこと、与えることで作品を成立させてきた。言うまでもなく、「色」という概念を置くことはできない。色を認識するには、色がついた「もの」を置くしかない。だから明楽の作品は、「色彩」の作品であると同時に「色材」についての作品である。ラッカー塗装された24色の壁掛け時計によるインスタレーション《twenty four colors in twenty four colors》(2012)、12色の色鉛筆を壁面に並べた《twelve color (colored pencil)》(2013)、天井の電球をばらばらな色と形の電球にすべて入れ替えた《16LB》(2013)などを見れば、色が塗られた時計、色鉛筆、カラー電球という色材(物質)を通じて「色」が置かれ、与えられていることがわかるだろう。 本展においても、ウェブサイト用に作成されたRGBによる広報画像とCMYKによる広報物(DM)を通じて、異なる色の表現法(体系)を「変換」する試みであるということが示唆されている。 そもそも、色の表現法とは2つあり、一つはRGBと呼ばれる光の三原色である。RGBは、赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)の頭文字で、主にブラウン管や液晶ディスプレイ、デジタルカメラなどで用いられる。もう一つは、CMYKと呼ばれる色の三原色である。CMYKとは、シアン(Cyan)、マゼンタ(Magenta)、イエロー(Yellow)、キー・プレート(Key Plate)の頭文字を取ったもので、インクによる印刷物で用いられる。 RGBとCMYKでは色の発色原理が異なるため、RGBで制作したデータをCMYKで印刷するには、RGB形式からCMYK形式への変換が必要となる。「イラストレータ(Illustrator)」や「フォトショップ(Photoshop)」などのアプリケーションを使用したことのある人にはすでに身近な作業かもしれない。 つまり、明楽は本展で「ターナーアクリルガッシュ」という色材を「美術作品」という色材へと変換・還元したのである。そして、色材を選択するメディウムとして、自身以外にアート作品のレンタル会社やCAS、キュレーターなどの他者が用いられているのである。 これまで美術作品である絵画は色材である絵具によって描かれてきた。対して、今展で明楽はベクトルを変え、絵画(美術作品)によって、絵具(色材)を制作したのである。「絵画」は、絵やものに色をつけるための色材となった。では、それを見る鑑賞者は、何を見るのだろうか。色材の概念は一つではない。 [1] Ludwig Wittgenstein, “Remarks on Colour”, G.E.M Anscombe, 1977. (ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン『色彩について』中村昇・瀬嶋貞徳訳、新書館、1997年、164頁。) [2] 本展キュレーター(筆者)は、作家、作品の選出には一切関わっていない。
SINCE 2013.03.10- Copyright © 2013-AKIRA Kazuki All rights reserved.